コーチを志して得たもの
コーチング・ビジネスを始めて1年余り。このブログでは、コーチを志した私にどんな変化があったのかを書きました。
コーチングの面白いところは、コーチングのスキル・技術が自己適用できるようになることです。
このブログをお読みになってくださっている方は、すでに経験済みのことかもしれませんが、私の経験をお伝えすることで、コーチングの魅力を改めて共有できればと思います。
目標がない不安と向き合えたこと
50歳のとき、「これを成し遂げたい」と胸を張って言えるものはありませんでした。おそらく多くの50歳がそうであろうと思います。日々の仕事は当たり前のように続きますが、どこか惰性のような感覚です。本当の自分の目標がないまま歳だけ重ねていく——そんな、なんとなく諦めの境地に私はいました。
コーチングは、いわゆる「目標管理」や「アドバイス」だけにとどまらない。もっと静かで、もっと本質的なものです。自分が本当に大切にしていること、心の奥に眠っている願望を、自分自身の言葉で掘り出していく過程そのものが、エネルギーの源になります。
冒頭で申し上げたようにコーチングは、クライアントをコーチする以前に、自己適用できる側面を多分に含んでいるわけです。
50代にもなれば、人生の中で手放してきたものも多く、「もう今さら」と思う瞬間もあります。でも自分の内側の声に耳を傾けると、意外なほど多くの可能性がまだ残っていることに気づかされます。「本当はもっとエネルギッシュな自分でいたかった」「自分らしく在りたかった」——そんな本音が、静かに浮かび上がってきます。
自分の内面と向き合うことで、本当の願望が見え、そこから一歩を踏み出し、挑戦できるマインドが醸成されてきます。巨大な目標を掲げて気合で突き進むのではなく、「今日できる小さな一歩」を明確にする。この無理のない前進の積み重ねが、結果として、年齢に関係なく自己肯定感を上げていきます。
積み上げてきた自分責めのクセに気づけたこと
40代の頃、同期や後輩が自分より先に出世していくたびに、心のどこかがズキッと痛みました。「もっと頑張れたはずだ」「なんで自分だけ遅れているんだ」——表向きは平静を装いながら、本音ではずっと自分を責め続けていました。さらに悪いことに、その自責から目をそらすために「めぐり合わせが悪かっただけ」「上司が悪かったんだ」という他責思考にもどっぷり浸かっていました。でも本当はわかっていました、それはただの責任回避だと。
49歳で経営職階に昇格、52歳で部長になります。部長というポジションに立って初めて、役員にはなれない、これ以上の出世は厳しいという現実を、すっと受け入れられるようになったことも事実としてありますが、そこで初めて立ち止まって考えるようになります。「このまま定年まで働いて、その後の人生はどうなるのか」。
自分はどうなりたいのか?コーチングは思考が変わらない限り人生は同じ軌道を走り続けると教えてくれます。「自分って、こんなふうに物事を解釈していたのか」「苦しみの正体は外側ではなく、思考のクセが自分を縛っていただけだったのか」——そう思えた瞬間、自分の中に「まだ可能性がある」と初めて実感できるようになります。劣等感、嫉妬、自責、他責、逃避。その全部が、ずっと自分の中に積み上がっていたことに気づけたのは、大きな収穫でした。
評価に揺れない「自分の軸」
私には35歳で脱サラし、自分の名前だけで勝負してきた兄がいます。サラリーマン社会に馴染めず、成果よりも社内政治が幅を利かせる環境に嫌気がさし、1年間の修行を経て独立した経緯があります。57歳の今、兄は自分が納得できる商品をつくり、適正な対価をもらいながら社会に貢献しています。その姿は、年を重ねるほど輝きを増してきています。
私もサラリーマン社会に馴染めず「落ちこぼれ」だと長らく感じてきました。成果が出ない時期も長く、評価に振り回され、自信は削られ続けた経験があります。ただ兄とは違い、会社を飛び出す勇気は持てず、周囲の目や年齢、生活を守らなければならない現実を言い訳に、安全な場所に留まり続けていました。
コーチングを始めたことで、その景色が変わり始めます。自分の名前でサービスを提供するという行為は、想像以上に自分の内側を揺さぶるものでした。「自分の価値とは何か」「対価に見合うものを提供できるのか」——会社という鎧に守られていた頃には気づけなかった感覚っです。コーチングを始めてから、兄が脱サラした当時の心境が、少しだけ想像できるようになりました。期待と恐怖、自由への憧れと覚悟。「評価で揺れる人生」から「自分の軸で生きる人生」へと、少しずつシフトできたことは、何よりの収穫だと思っています。
経験を社会に還元する新しい働き方
自分が勤める金融機関では、副業はまだ一般的ではありません。安定志向の組織で、若手は金融の道で自分を磨き続けたいと考える人間が多いように思います。しかし私は50代になりキャリアの「天井」が見えた今、次のステージを見据える必要があった。大手金融の組織構造上、60歳定年後に「第一線でバリバリ働く」というのは現実的に難しい。でも現実を見れば、60代でも十分に社会で活躍できる人はたくさんいるのも事実です。
30年以上のキャリアの中で、多くの人の成長を支援してきた。チームを率い、部下を育て、組織を動かしてきた経験は、確かに価値のあるものです。その経験を会社の枠の外でも生かせるのではないか、誰かの背中を押し、次の一歩を引き出す力になれるのではないか——そう気づいたとき、自然とコーチングという道が見えてきました。
まとめ:コーチングで得たもの
- 本当の願望への気づき — 「もう今さら」と押し込めてきた本音を、自分の言葉で掘り出せるようになります。
- 思考のクセの自覚 — 出世競争の中で積み上げてきた自責・他責の思考パターンに気づけた
- 評価に揺れない自分の軸 — 会社の評価ではなく、自分自身の価値基準で生きる感覚を取り戻した
- 経験の再定義 — 30年分のサラリーマン経験を「過去の遺産」ではなく「社会に還元できる資産」として捉え直せた
- 人生後半戦への確信 — 「認知が変われば、人生は変わる」という実感を、自分自身の変化で証明できた
会社の肩書き以外の自分を持つことの大切さ——これが、コーチングを志す過程で得た、いちばん大きなものだと思う。私と同じ道を歩む必要はない。でも、自分の未来を自分でつくる選択肢だけは、持っていてほしい。
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