他人軸で生きてきた45歳以上の会社員、人生後半戦は、自分軸で生きよう
「今の自分、好きですか?嫌いですか?」
そう聞かれたら、私は「まぁ、どっちもどっちかな」としか答えられなかった。仕事も家庭も、大きな問題があるわけではない。だけど何か物足りない。1回きりの人生、このままでいいのか?45歳以上で、そんなモヤモヤを感じている会社員は多いのではないだろうか。53歳になった今、私はその原因が、知らず知らず積み上げてきた「他人軸の生き方」だったと気づきました。
このブログは、このままの予定調和的な人生を送ることに、何か物足りなさを感じつつも、動き出せない人へ向けて書きました。
人生後半戦のスタートラインに立つ今、
このブログを読み終わった後、
自分自身を見直すきっかけになるはずです。
他人軸を生きた自分の現在地
親や先生に褒められようと勉強し、友達や世間に胸を張れるような会社に就職する。会社に入ってからも、ご近所さんに顔向けできる肩書を手に入れるまで、歯を食いしばって働いてきた。これが世間からどうみられているかで判断する他人軸です。私自身の人生そのものです。
他人軸で生きてきたことにも、それはそれで価値があります。誰かに認められたいという原動力があったからこそ、踏ん張れた局面が確かにあったわけですし、それは否定するべきものではない過去と、私は今整理しています。
でも、そうやって他人軸で生きてきた結果、いつの間にか「自分がどう感じるか」よりも「他人からどう見えるか」を軸に人生を組み立てるようになっていきました。それが、あのモヤモヤの正体だったわけです。
背負ってきたものを、下ろすタイミング
50代になり、人生はいよいよ折り返しを迎えようとしていました。その時、自分に問いかけたことがあります。今、自分は何を背負っているのか。サラリーマンとしての成功。いい夫であること。いい親であること。
そのどれもが、悪いものではない。でも、もう、ぼちぼち下ろしていいタイミングなのではないか、そう感じました。
人生後半戦を、他人軸で生きるか、自分軸で生きるか。この問いは、40代後半から50代の中高年サラリーマンなら、一度は自分に向けるべき問いだと思います。他人からの評価を追い求める生き方を、あと何十年も続けていくのか。それとも、そこで一度、軸を自分に取り戻すのか。
自分軸で生きるとは、好き勝手に生きることではない
自分軸で生きると聞くと、「自分の欲望のまま、他人の迷惑を顧みず、好き勝手に生きる」というイメージを持つ人もいるかもしれません。1度きりの人生、楽しまなくちゃ損だから、と。
でも、それは違いますね、少し大げさな言い回しでした・・・自分軸で生きるとは、自分の人生を思い切り謳歌することです。価値観の軸を、「自分は、自分のことを好きか」というところに置くこと。それだけのことなんです。
それでも長年染みついた他人の評価は気になるでしょう。私もまだまだ他人軸の自分が顔を出します。他人軸を手放すやり方については、少し長くなるので、別の機会にできればと思いますが・・・
そして人間は、みんな平等に土に帰ります。大富豪も、有力な政治家も、独裁者でさえも、必ず生の終わりを迎えます。そして100年もすれば、私のことなど誰も知らないのです。そう考えると、他人からの評価というものが、驚くほど小さなものに見えてきませんか。
45歳以上の会社員、人生後半戦は自分軸で
45歳以上の会社員が抱える「なぜか満たされない」というモヤモヤは、決して珍しいものではなく、多くの人が抱える気持ちではないでしょうか。それは、これまで他人軸で真面目に生きてきた証でもあります。その生き方を否定する必要はなく、ただ、人生後半戦に入るこのタイミングで、一度立ち止まって問い直してみる価値が多いにあるということです。
他人軸で生きますか。自分軸で生きますか。
正解はどちらか一方ではない。だが、少なくともその選択が自分にあることに気づくだけで、これからの10年、20年の景色は変わってくるはずだ。私自身、その選択肢があることに気づいたことが、人生後半戦を予定調和では終わらせない歩き方で一歩踏み出すすきっかけになりました。
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